「イルカがザブン 涼しい『贈り物』」との見出し記事。都内の水族館で「イルカの水しぶきを浴びる夏限定の『スプラッシュタイム』が人気を集めている。」とのことで、ある思惑もありこの水族館に出掛けることにした。
30分前にイルカショーの会場に着くと、既に観客席は埋め尽くされ、立ち見の場所取りに戦いは移っていた。ショーの人気の高さに驚きながら、まずイルカの生態や能力を説明するパネルを読み、そして会場へ戻った。
従業員による挨拶もそこそこにショーが始まる。ジャンプでフープをくぐり抜けたり、ボールを蹴ったり、手を振ったり、イルカが繰り出す技の数々に子供たちは目を輝かせ大きな歓声を上げる。観客全員が充実感に満たされていた。そして、従業員が来場への感謝を述べショーは終わった。だが、ショーの存続にかかわるイルカの入手問題が水族館のどこにも見当たらなかったため、私は腑に落ちないでいた。
さかのぼること5月。自民党の捕鯨対策特別委員会等合同会議は緊迫した空気に包まれていた。それは、世界動物園水族館協会(WAZA)が和歌山県太地町で行われているイルカの追い込み漁(漁船で音を立てながら湾内にイルカの群れを追い込む漁法)を非人道的だと問題視し、4月21日付けで日本動物園水族館協会(JAZA)の会員資格を停止し、状況の改善がない場合は更に1か月後に除名すると通告したことが議題に上がっていたからだ。
WAZAの会員資格がないと、希少動物の繁殖で海外から協力を得られなくなる懸念があることなどから、JAZAは投票によりWAZAに残ることを決め、追い込み漁で捕獲したイルカの調達を禁止することにした。これにより、イルカの入手を太地町に頼ってきたJAZA加盟の水族館の多く(前述の水族館も状況的に太地町から入手)は、今後高度な技術と資金を必要とする繁殖に頼らざるを得なくなり存続の危機にさらされる。あるいは、JAZAを脱退しイルカに特化した独自経営をしていくかだ。これらは、テレビや新聞でも大きく報じられた。
しかし、状況がいまだ好転しない約2ヶ月半後の新聞記事は、ただイルカによるスプラッシュタイムを紹介するだけであった。また、水族館においても、イルカの入手問題、WAZAの会員資格について説明・啓発するパネルもアナウンスも一切なかった。自民党での会議がどこか遠い世界の出来事だったように思われた。
反捕鯨家が制作した映画「ザ・コーヴ」は、イルカトレーナーが水族館用のイルカを捕獲した後、漁師がその他のイルカを食用にするため捕殺し、その結果、赤く染まった海の映像を流すことで世界の耳目を集めた。しかし、これにしても、イルカは、大きさにより区別されているだけで、クジラやシャチの仲間であり、イルカを食すことはクジラを食すのと同じく、日本の食文化の一部とも言える。そして、「WAZAの動きの背景には反捕鯨団体がある」との指摘もある。
外国と文化の違いが出ることは避けられない。しかし、日本では、動物の能力に感動しその触れ合いに喜びを感じる人が大勢いるのだから、ある日突然「イルカショーができなくなりました」と貼り紙を出す事態を招かぬよう、ショーとともにイルカ入手のあり方を主体的に考える機会があってもいいのではないか、水族館をあとにして思いを巡らした。 〈秘書W〉